「仕事でミスをしたら自分で賠償しないといけない?」「損害賠償を請求されることはある?」「どんな場合に個人負担になる?」地方公務員として働く方にとって、業務上のミスによる賠償責任は大きな不安要素です。
地方公務員が業務上のミスで損害を発生させた場合、原則として自治体(使用者)が賠償責任を負います。ただし、故意または重大な過失があった場合には、自治体から職員個人に対して「求償」(損害の一部または全部の請求)が行われる可能性があります。軽微なミスや通常の過失では個人負担になることはほとんどありません。
本記事では、地方公務員のミスと賠償責任について、法的根拠、個人負担になるケース、実際の判例、予防策まで、すべてを網羅的に解説します。
この記事を読むことで、以下のことが分かります。
- 地方公務員の賠償責任の基本的な仕組み
- 自治体が負担する場合と個人負担になる場合
- 故意・重過失の判断基準
- 求償権の行使基準
- 実際の賠償事例とその結果
- 賠償保険の有無と活用
- ミスを防ぐための予防策
- ミスをした場合の対応方法
業務上のミスに対する正しい知識を持ち、安心して働きましょう。
地方公務員の賠償責任の基本

国家賠償法による保護
地方公務員が業務上のミスで第三者に損害を与えた場合、国家賠償法により保護されています。
国家賠償法第1条:「国または公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」
重要なポイント
- 損害賠償責任を負うのは「自治体」
- 職員個人は直接的な賠償責任を負わない
- 第三者は職員個人に直接請求できない
趣旨: 公務員個人の責任を追及すると、萎縮効果により公務の適正な執行が阻害されるため、自治体が一括して責任を負う仕組みになっています。
求償権による個人負担
ただし、自治体は損害賠償を支払った後、職員個人に対して「求償」できる場合があります。
国家賠償法第1条第2項: 「前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。」
求償権とは: 自治体が第三者に支払った賠償金の一部または全部を、職員個人に請求する権利
条件: 職員に「故意」または「重大な過失(重過失)」があった場合のみ
実務上の運用: 軽微なミスや通常の過失では、求償権が行使されることはほとんどありません。
個人負担になる場合・ならない場合

個人負担にならない場合(通常の過失)
以下のような場合、職員個人に賠償責任は発生しません。
通常の過失によるミス
- 書類の記載ミス
- 計算間違い
- 事務手続きの遅延
- 軽度の確認不足
- 判断ミス(合理的な範囲内)
具体例
- 住民票の記載を誤った
- 税額計算を間違えた
- 許可申請の処理を遅延させた
- 通知書の送付先を間違えた
理由: これらは「通常の過失」であり、求償権の要件である「重大な過失」には該当しません。
個人負担になる可能性がある場合(故意・重過失)
以下のような場合、個人に賠償責任が発生する可能性があります。
故意によるもの
- 意図的な職権濫用
- わざと誤った処理をする
- 横領、着服
重大な過失(重過失)によるもの
- 著しい注意義務違反
- 明らかな法令違反を放置
- 重要な確認を怠る
- 無謀な判断
具体例
- 飲酒運転で公用車を事故させた
- 明らかな違法行為を放置した
- 重要書類を紛失し、適切な管理を怠っていた
- 個人情報を故意に漏洩した
判断基準: 「通常人であれば当然に認識し回避できたはずのことを、著しく注意義務に違反して行った」かどうかです。
故意・重過失の判断基準

重過失とは
重過失の定義は、判例により以下のように示されています。
最高裁判例の基準: 「わずかな注意さえすれば容易に違法・有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然とこれを見過ごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」
具体的な判断要素
- 予見可能性:結果が容易に予見できたか
- 回避可能性:結果を容易に回避できたか
- 注意義務の程度:どの程度の注意が求められていたか
- 違反の程度:どの程度の違反か
通常の過失と重過失の違い
通常の過失
- ちょっとした確認不足
- 通常の判断ミス
- 軽度の手続きミス
- 一時的な不注意
重過失
- 明白な義務違反
- 著しい注意欠如
- 常識的に考えて到底許されない行為
- 故意に近い行為
グレーゾーン: 通常の過失と重過失の境界は必ずしも明確ではなく、個別の事情により判断されます。
判断に影響する要素
重過失と判断されやすい要素
- 法令違反が明白
- 過去に同様の指摘を受けていた
- 組織内のルールに明確に違反
- 複数回の確認機会があったのに怠った
- 結果が重大
通常の過失と判断されやすい要素
- 初めての業務
- 判断が難しい状況
- システムの不備も原因
- 適切な研修がなされていなかった
- 組織のチェック体制が不十分
求償権の実際の行使基準

自治体の求償権行使の実態
実務上、自治体が職員に求償権を行使するケースは極めて限定的です。
求償されるケース
- 飲酒運転による事故
- 故意の不正行為(横領等)
- 著しく重大な過失
- 私的な目的での公用物の使用
求償されないケース
- 通常の業務上のミス
- 軽微な過失
- 判断ミス(合理的な範囲内)
- システムや組織の問題も関与している場合
求償額の決定: 全額求償されることは稀で、以下の要素を考慮して減額されることが多いです。
- 過失の程度
- 損害額
- 職員の給与水準
- 職員の経済状況
- 組織側の責任の有無
具体例: 損害額1,000万円、重過失と認定された場合
- 求償額:200万円〜500万円程度(20〜50%)
- 分割払いが認められる場合が多い
求償権不行使の裁量
自治体には、求償権を行使するかどうかの裁量があります。
不行使の理由
- 職員の萎縮を避ける
- 組織全体の責任でもある
- 職員の生活への配慮
- 再発防止に注力する方が重要
判例: 求償権を行使しないことも、自治体の合理的な判断として認められています。
実際の賠償事例

事例1:公用車の事故(重過失なし)
ケース: 職員が公用車で業務中、一時停止違反により事故を起こし、相手方に300万円の損害
過失の程度: 通常の過失(一時停止の見落とし)
結果
- 自治体が300万円を賠償
- 職員への求償なし
理由: 通常の交通事故は「重過失」には該当せず、個人責任は問われない
事例2:飲酒運転による事故(重過失あり)
ケース: 職員が公用車を飲酒運転し、事故を起こして相手方に500万円の損害
過失の程度: 重過失(飲酒運転は著しい注意義務違反)
結果
- 自治体が500万円を賠償
- 職員に対して250万円を求償(50%)
- 職員は懲戒免職
理由: 飲酒運転は重過失に該当し、個人責任が認められる
事例3:個人情報の紛失(重過失の判断が分かれる)
ケース: 職員が住民の個人情報を含む書類を電車内に置き忘れ、情報漏洩
過失の程度: 状況により判断が分かれる
パターンA:重過失なし
- 初めて書類を持ち出した
- 鞄に入れていたが、盗難された
- 結果:自治体が賠償、求償なし
パターンB:重過失あり
- 過去に同様の指摘を受けていた
- 無造作にカバンの外に置いていた
- 個人情報管理規程に明確に違反
- 結果:自治体が賠償、一部求償の可能性
事例4:事務処理のミス(重過失なし)
ケース: 職員が補助金の計算を誤り、100万円多く支払ってしまった
過失の程度: 通常の過失(計算ミス)
結果
- 返還請求を行い、回収
- 職員への求償なし
理由: 計算ミスは通常の過失であり、重過失には該当しない
事例5:許可の誤発行(組織の問題も関与)
ケース: 職員が要件を満たしていない業者に許可を誤発行し、後に問題が発覚。第三者に損害
過失の程度: 職員の確認不足もあるが、チェック体制の不備も原因
結果
- 自治体が賠償
- 職員への求償なし
理由
- 組織のチェック体制が不十分だった
- 初めての担当で研修も不十分
- 職員個人だけの責任ではない
賠償保険の活用

公務員賠償責任保険
多くの自治体では、職員向けの賠償責任保険に加入しています。
保険の内容
- 職員が業務上のミスで損害賠償責任を負った場合に補償
- 自治体から求償された場合も対象
- 弁護士費用も補償される場合あり
補償範囲
- 対人賠償:最大1億円
- 対物賠償:最大1,000万円
- 求償金:最大500万円
保険料
- 自治体が負担、または職員が一部負担
- 年間数千円程度
注意点
- 故意による損害は対象外
- 私的な目的での行為は対象外
個人で加入する保険
自治体の保険とは別に、個人で保険に加入することも可能です。
個人賠償責任保険
- 日常生活や業務上の賠償責任をカバー
- 火災保険や自動車保険の特約として加入可能
- 年間保険料:1,000円〜3,000円程度
メリット
- 業務外の賠償責任もカバー
- 家族の賠償責任も対象
ミスを防ぐための予防策

組織的な予防策
1. ダブルチェック体制
- 重要な業務は複数人で確認
- 特に金銭や個人情報が関わる業務
2. マニュアルの整備
- 業務手順を明確化
- 定期的な見直し
3. 研修の実施
- 新規業務の研修
- 法令改正への対応
- リスク管理研修
4. システム化
- 人為的ミスを減らすシステム導入
- チェック機能の実装
5. 報告・相談体制
- ミスやトラブルを早期に報告
- 相談しやすい職場環境
個人でできる予防策
1. 確認の習慣化
- 作業後の見直し
- 数字や名前の確認
- 提出前の最終チェック
2. 不明点は確認
- 分からないことは放置しない
- 上司や先輩に相談
- 複数の情報源で確認
3. 記録を残す
- 業務の経緯を記録
- 指示を受けた内容をメモ
- 判断の根拠を明記
4. 優先順位の管理
- 重要な業務を優先
- 期限を守る
- 余裕を持った業務遂行
5. 健康管理
- 十分な休息
- 疲労時の集中力低下に注意
- 体調不良時は無理をしない
ミスをした場合の対応

初動対応
ミスに気づいた場合、速やかに以下の対応を取ります。
1. 直ちに報告
- 上司に報告
- 隠さず正直に報告
- 早期発見・早期対応が重要
2. 被害の拡大防止
- 可能な限り被害を最小限に
- 応急措置を講じる
3. 事実関係の確認
- いつ、どこで、何を、どのように
- 原因の特定
- 記録の確保
4. 謝罪
- 被害者への謝罪(必要に応じて)
- 誠意ある対応
組織としての対応
1. 事実調査
- 詳細な経緯の確認
- 原因分析
- 責任の所在の明確化
2. 損害の確定
- 被害額の算定
- 賠償の必要性の判断
3. 再発防止策
- システムの見直し
- マニュアルの改定
- 研修の実施
4. 法的対応
- 弁護士への相談
- 賠償交渉
- 保険の適用
職員個人の立場
1. 誠実な対応
- 事実を正直に説明
- 調査に協力
- 反省の態度を示す
2. 法的アドバイスの入手
- 必要に応じて弁護士に相談
- 職員団体(労働組合)に相談
3. 記録の保存
- 業務記録の保存
- 指示を受けた記録
- メールや文書
4. 精神的ケア
- 過度に自分を責めない
- 必要に応じてカウンセリング
- 同僚や家族のサポート
よくある質問

Q1: 軽微なミスでも賠償責任を負う?
A: いいえ、通常の過失では個人負担になりません。
軽微なミスや通常の過失による損害は、自治体が賠償し、職員個人に求償されることはほとんどありません。
Q2: どの程度のミスなら個人負担?
A: 故意または重大な過失(重過失)がある場合のみです。
「わずかな注意で防げたのに、著しく注意義務を怠った」場合に限られます。具体的には、飲酒運転、故意の不正行為、明白なルール違反などです。
Q3: 求償されたら全額払わないといけない?
A: いいえ、全額求償されることは稀です。
求償額は、過失の程度、損害額、職員の経済状況等を考慮して決定されます。また、分割払いが認められることも多いです。
Q4: 賠償保険に入っていれば安心?
A: 基本的には安心ですが、故意による損害は対象外です。
自治体が加入している公務員賠償責任保険では、通常の業務上のミスによる賠償はカバーされます。ただし、故意や私的目的での行為は対象外です。
Q5: ミスを隠すとどうなる?
A: 非常に重大な問題になります。
ミスを隠すこと自体が重大な非違行為となり、懲戒処分の対象になります。また、被害が拡大し、結果的に賠償額も増加する可能性があります。必ず速やかに報告してください。
まとめ:地方公務員のミスと賠償を正しく理解する

地方公務員のミスと賠償責任について、法的根拠から実際の事例まで解説してきました。最後に重要なポイントをまとめます。
賠償責任を理解する7つのポイント
- 原則として自治体が賠償責任を負う
- 国家賠償法により保護されている
- 職員個人は直接的な責任を負わない
- 第三者は職員個人に請求できない
- 個人負担は故意・重過失の場合のみ
- 通常の過失では個人負担なし
- 重過失:著しい注意義務違反
- 故意:わざと行った場合
- 軽微なミスは個人負担にならない
- 書類ミス、計算間違い、手続き遅延等
- 通常の業務上のミスは保護される
- 過度に恐れる必要はない
- 求償権の行使は極めて限定的
- 飲酒運転、故意の不正行為等
- 実際に求償されるケースは少ない
- 求償されても全額ではない
- 賠償保険でカバーされる
- 多くの自治体で保険に加入
- 求償された場合も補償対象
- 個人での加入も可能
- 予防策が最も重要
- ダブルチェック、マニュアル遵守
- 不明点は確認
- 記録を残す
- ミスをしたら速やかに報告
- 隠さず正直に報告
- 被害の拡大を防止
- 誠実な対応が重要
安心して働くために
- 萎縮せず、積極的に業務に取り組む
- ただし、注意義務は果たす
- ミスを恐れず、適切に予防する
- ミスをしたら速やかに報告
最後に
地方公務員は国家賠償法により保護されており、通常の業務上のミスで個人が賠償責任を負うことはほとんどありません。
「ミスをしたら個人で賠償しないといけない」という過度な心配は不要です。ただし、故意や重大な過失は避け、誠実に業務を遂行することが大切です。
この記事が、地方公務員の賠償責任の正しい理解と、安心した業務遂行の一助となれば幸いです。
