「会計年度任用職員が使えない」という声が、正規職員から聞かれることがあります。
一方で、会計年度任用職員側からは「スキルが身につかない」「やりがいがない」という不満も多く寄せられています。
この問題の本質はどこにあるのでしょうか。
個人の能力不足なのか、それとも制度設計の問題なのか。
本記事では、2020年に導入された会計年度任用職員制度の実態と課題を、正規職員・会計年度任用職員双方の視点から徹底的に分析します。

制度の問題点を理解することで、より良い職場環境を作るためのヒントが見つかるはずです。
会計年度任用職員制度の基本

制度の概要
会計年度任用職員とは、2020年の地方公務員法改正により新設された非常勤の地方公務員制度です。
従来の臨時職員・嘱託職員・パート職員が統一的なルールの下で会計年度任用職員に移行しました。
制度の特徴
- 任期は原則1年間(4月1日~翌年3月31日)
- 再任用は可能だが、毎年新たな任用として扱われる
- フルタイムとパートタイムの2種類
- パートタイムが全体の約9割を占める
導入の目的と背景
この制度は「正規職員との待遇格差の解消」を目的に導入されました。
制度導入前は、自治体ごとに非正規職員の給与や採用基準がバラバラで、給料が正規職員の3分の1程度、ボーナスなしといった問題が指摘されていました。
制度導入により、期末手当(ボーナス)の支給が可能になり、一部の待遇は改善されました。

現状の規模
総務省の調査によると、2022年時点で非正規公務員は約74万3000人。
正規の地方公務員が約280万人であることから、公務に就く職員の約2割が非正規という計算になります。
そのうち9割以上が会計年度任用職員です。
会計年度任用職員の約4分の3を女性が占めており、職種は一般事務職が約3割、次いで技能労務職員、保育所保育士が多くなっています。
「使えない」と言われる5つの理由

理由1:制度設計による責任範囲の制限
会計年度任用職員が「使えない」と感じられる最大の理由は、制度上の役割分担にあります。
地方公務員法では、決定・処分権限は原則として正規職員が持つこととされています。
そのため、会計年度任用職員は「補助的業務」に限定されることが多く、以下のような構造が生まれます。
典型的な業務分担
- 正規職員:判断・決定・責任を伴う業務
- 会計年度任用職員:データ入力、書類作成、窓口対応などの補助業務
この構造により、会計年度任用職員は「機械的に指示を処理するだけ」という状況に陥りやすく、主体的な判断を求められる場面が少なくなります。
結果として、正規職員からは「指示待ち」「自分で考えない」と見えてしまうのです。
理由2:スキル習得の機会不足
基本的に簡単な雑用や補助業務しか任されないため、専門的なスキルを習得する機会がありません。
実際の会計年度任用職員の声として、業務内容は大量の書類印刷や封筒への手紙入れなど基本的な雑用であり、特別なスキルが身につくことはないという報告があります。
スキル習得が難しい理由
- 業務が定型的・補助的に限定される
- どの制度や法律に基づく手続きかを理解しないまま作業を行う
- 異動や昇進の機会がなく、同じ業務の繰り返し
- 研修機会が正規職員より少ない
このため、長期間勤務してもスキルアップが見込めず、転職市場での競争力も高まりにくいという問題があります。
理由3:モチベーション低下を招く処遇格差
待遇面での不満がモチベーション低下につながり、結果として「使えない」という評価に結びつく構造的な問題があります。
処遇面の主な問題
- 時給は地域の最低賃金程度
- 10年以上働いても昇給幅が極めて小さい
- 専門職(図書館司書など)でも時給1000円程度
- 何十年働いても新人と同じ待遇
- 正規職員と同じ仕事をしても給与は3分の1程度
ある図書館司書の会計年度任用職員は、10年目で新人の指導や企画提案など幅広い業務を任されながらも、1年契約のため給料が上がらず、国家資格の専門職なのに時給1000円という現実に直面しています。
理由4:1年契約による不安定さ
任期が1年間で毎年更新の判断があるという不安定な雇用形態が、長期的な視点での業務への取り組みを困難にしています。
雇用不安が生む問題
- 来年も働けるか分からない不安
- 長期的なプロジェクトへの参加が難しい
- 専門性を深める意欲が湧きにくい
- キャリア形成の見通しが立たない
2024年6月に3年ルール(再任用上限3回)が撤廃されましたが、毎年の再任用判断があることに変わりはなく、雇用の不安定さは解消されていません。

理由5:業務量の不公平感
正規職員と会計年度任用職員の間で、業務量や残業時間に大きな格差があることも問題です。
ある市役所職員の報告によれば、正規職員の平均残業時間が45時間を超え、個人で70時間に達する一方、会計年度任用職員の平均残業時間は5時間程度、最も多い人でも10時間を超えないという状況です。
業務量格差の背景
- 会計年度任用職員はパートタイムが多く、残業前提の働き方ができない
- 責任を伴う業務は正規職員が担当せざるを得ない
- 定時で帰ることが前提の雇用契約
この格差が、正規職員側の「会計年度任用職員はずるい」という感情や、逆に会計年度任用職員側の「責任ある仕事を任せてもらえない」という不満につながっています。

会計年度任用職員側が抱える深刻な問題

低賃金による生活困窮
会計年度任用職員として働く20代の職員からは、「一人では生活できない」「毎月トントンか赤字」「税金が払えず貯金を切り崩した」という切実な声が寄せられています。
経済的困窮の実態
- 地域の最低賃金程度の時給
- フルタイムでも年収350万円程度
- 扶養の範囲内で働く人が多い
- 副業は公務員のため原則禁止
20年以上同じ自治体で働いても、期末手当は出るが社会保険加入が認められず、扶養の範囲ギリギリで働かざるを得ないケースもあります。
待遇改善の約束が果たされない現実
制度導入時は「同一労働同一賃金」「官製ワーキングプアの解消」が掲げられましたが、実際には改善されたと感じられない職員が多数います。
制度導入後の実態
- ボーナスは出るが月給は減らされ、結局年収は変わらず
- 元嘱託職員は給与が下がり、定期的な筆記試験が必要になるなど改悪
- 正規職員からは「待遇が良くなった」と言われるが実感はない
ある自治体では、派遣会社を通じた外注では高時給で働けるのに、会計年度任用職員として直雇用されると最低賃金+8円という矛盾した状況もあります。
福利厚生の格差
細かい福利厚生面での差別的な扱いも、職場での疎外感を生んでいます。
福利厚生の実例
- 食堂は正規職員のみ利用可(周囲に飲食店なし)
- 正規職員は車通勤可だが会計年度任用職員は不可
- 休憩室がなく、市民がいるロビーで昼食
- 育児休暇取得が困難な雰囲気
- 看護休暇は無給
こうした細かな差別の積み重ねが、「会計年度任用職員は人の形をした何か程度にしか思われていない」という感覚を生み出しています。
専門職の非正規化という矛盾
特に深刻なのが、資格や高い専門性を要する職種の非正規化です。
非正規化されやすい専門職
- 図書館司書
- スクールカウンセラー(SC)
- スクールソーシャルワーカー
- 保育士
- 看護師
- 外国語指導助手(ALT)
これらの職種は資格が必要であったり、経験や高い専門性が求められるにもかかわらず、1年契約の会計年度任用職員として任用されることが多くなっています。
制度の構造的問題

問題1:5年ルール(無期転換ルール)の適用外
民間企業では、労働契約法に基づき、有期雇用労働者が5年以上働けば無期労働契約に切り替えられる「無期転換ルール」があります。

しかし、会計年度任用職員は地方公務員の身分であるため、労働契約法が適用されず、無期転換ルールも適用されません。
任用期間が通算5年以上になっても、任期の定めのない正規職員に転換されることはありません。
会計年度任用職員が正規職員になるには、学卒者や民間経験者向けの競争試験を受験し、合格する必要があります。
問題2:毎年の試用期間という不合理
再任用された場合でも、翌年度の初めの1か月間は条件付き採用(試用期間)となります。
これは前述のとおり、同じ職に任用される場合でも1年ごとに「新たな職に改めて任用されたもの」と整理されるためです。
何年働いても毎年新人扱いという不合理な状況が生まれています。
問題3:自治体による運用のバラつき
制度は全国統一ですが、実際の運用は自治体によって大きく異なります。
自治体ごとの違い
- 再任用の回数制限(撤廃した自治体と3年上限の自治体)
- 公募の頻度(毎年・3年ごと・実質的に公募なし)
- 給与水準
- 福利厚生の内容
- 業務内容の範囲
ある自治体では誰一人として任用終了されず全員定年まで働けるようにしている一方、別の自治体では3年ごとに筆記試験を実施し、厳格に運用しているなど、対応が分かれています。


問題4:正規職員削減のツールとして利用
本来は待遇改善のための制度でしたが、実態としては正規職員を削減し、人件費を抑制するためのツールとして利用されているという批判があります。
2005年から2020年の15年間で、正規職員は261.2万人から230.9万人へ11.6%減少した一方、非正規職員は45.6万人から69.5万人へ52%増加しています。
地方公務員が削減される中で、ジェネラリストである一般的な地方公務員は正規職員として残し、異動が難しい専門職は会計年度任用職員や民間委託に転換することでしのぐという構造が形成されています。
「使えない」状況を改善するための解決策

正規職員側ができること
1. 業務の明確化と役割分担の見直し
- 会計年度任用職員が担当できる業務の範囲を明確にする
- 可能な範囲で主体的な判断を任せる
- 定型業務だけでなく、学習機会を提供する
2. コミュニケーションの改善
- 業務の背景や目的を説明する
- フィードバックを丁寧に行う
- チームの一員として尊重する
3. 適切な評価と処遇への働きかけ
- 人事評価を公平に行う
- 優秀な職員の再任用を積極的に推進
- 給与改善を上層部に提案
会計年度任用職員側ができること
1. スキルアップへの自主的な取り組み
- 担当業務に関連する制度や法律を自主的に学ぶ
- 資格取得や研修受講を積極的に行う
- 業務改善の提案を行う
2. キャリアの見直し
- 長期的なキャリアプランを考える
- 正規職員試験への挑戦を検討
- 必要に応じて転職も視野に入れる
3. 権利の主張
- 不当な扱いには声を上げる
- 労働組合に相談する
- 制度改善を求める活動に参加
制度改善に向けた動き
1. 再任用上限の撤廃(2024年6月実施)
人事院の通知改正により、公募によらない再任用の回数上限が撤廃されました。これにより、能力や経験のある職員が継続して働けるようになることが期待されています。
2. 待遇改善の法改正
2023年には任用職員の手当を改善する法改正も行われました。今後も段階的な改善が期待されます。
3. 各自治体の独自施策
一部の自治体では、独自に給与水準の引き上げや福利厚生の拡充を行っています。
制度を理解して前向きに働くために

会計年度任用職員に向いている人
この制度は万人に適しているわけではありませんが、以下のような方には選択肢となり得ます。
向いている人
- 家計の補助として働きたい主婦・主夫
- 定年退職後の社会参加として働きたい方
- 正規公務員試験合格までのつなぎとして働きたい方
- ワークライフバランスを重視したい方
- 地域貢献に興味がある方
向いていない人
- 世帯主として生計を立てたい方
- 専門性を高めてキャリアアップしたい方
- 長期的に安定した雇用を求める方
- 責任ある仕事をバリバリしたい方
割り切りも必要
会計年度任用職員として働く場合、ある程度の割り切りも必要です。
割り切るべきポイント
- 給与水準は期待しすぎない
- キャリアアップは自力で行う
- 雇用の不安定さは受け入れる
- 補助的業務が中心であることを理解する
一方で、公務員という安定した組織で働ける、比較的定時で帰れる、福利厚生の基本は整っているといったメリットもあります。

転職も選択肢に
制度に納得できない場合や、キャリアアップを望む場合は、転職も積極的に検討すべきです。
転職を考えるべきサイン
- 給与が生活を支えられないレベル
- スキルアップの機会が全くない
- 職場環境が改善される見込みがない
- 心身の健康を害している
- 将来への不安が強い
会計年度任用職員の経験は決して無駄ではありません。
事務処理能力、窓口対応スキル、公的機関での勤務経験などは、民間企業でも評価される場合があります。
まとめ:「使えない」は個人ではなく制度の問題

会計年度任用職員が「使えない」と言われる問題について、重要なポイントをまとめます。
問題の本質
- 個人の能力不足ではなく、制度設計の構造的問題
- 補助業務に限定される役割分担
- スキル習得機会の不足
- 低賃金と不安定な雇用によるモチベーション低下
- 正規職員との処遇格差
制度の課題
- 1年契約という不安定さ
- 5年ルール(無期転換)の適用外
- 専門職の非正規化という矛盾
- 正規職員削減のツールとして利用される実態
- 自治体による運用のバラつき
改善の動き
- 2024年6月:再任用上限の撤廃
- 2023年:手当改善の法改正
- 一部自治体の独自施策
- 当事者による声の高まり
個人ができること
正規職員側
- 業務の明確化と適切な指導
- コミュニケーションの改善
- 制度改善への働きかけ
会計年度任用職員側
- 自主的なスキルアップ
- キャリアプランの見直し
- 必要に応じた転職の検討
今後の展望
会計年度任用職員制度は、導入から5年が経過し、多くの課題が明らかになっています。
「使えない」という問題の背景には、制度の構造的欠陥があります。
真の解決には、単なる待遇改善だけでなく、以下のような抜本的な見直しが必要です・
- 専門職の正規化
- 無期転換ルールの適用
- 同一労働同一賃金の実現
- 業務範囲の見直し
- キャリアパスの明確化
一人ひとりが制度の問題点を理解し、声を上げていくことで、より良い制度への改革が進むことを期待します。

